8年ぶりに日本球界に復帰した黒田博樹の会見内容

8年ぶりに広島に帰ってきてファンの人の熱気が一段と強いなと感じました。

まずは報道陣の方の多さに驚いています。

カープ、ドジャース、ヤンキースという中で一番メディアが多いので戸惑っています。緊張しています。

実際、広島に来る日まで、いろいろもやもやした気持ちもありましたし、ほんとに自分の決断は良かったかと考えることもありましたが、実際に広島に来てファンの方の声を聞いてよかったなと思います。

あとは沖縄でユニホームを着て気持ちがしっかりすると思う。

(会見前に松田オーナーを訪ねて)オーナー自身も優勝するぞ、という気持ちを強く持っておられると思いますし最後握手して優勝しようとその言葉を聞き胸が熱くなりました。

球団の熱意、2006年に僕が最初にFA権をとった時に気持ちを動かしてもらったので今度は僕が気持ちを動かせればと思った。

(復帰の決断は)日本時間の12月26日(日本時間)で、鈴木さんに電話した時、1秒1秒気持ちが変わっていてあとは電話かけるしかないかなと。僕の中であまり言葉にならず何を言っているかわからなかった。

毎年、オフに声をかけていただき食事もさせていただき、今年断ってしまうと口をきいてもらえないかな?と。根気よく声をかけていただきました。

(メジャー7年は)ひとことで言うと苦しかったですね。野球やる以上、日本でもアメリカでもマウンドに上がるのは大変なこと。言葉もわからない中、162試合を戦い抜く、挑戦した以上結果を出さないといけない。自分に勝手にプレッシャーをかけ楽しいより苦しかった。

(一番印象に残っているのは)去年のヤンキースタジアムの最終戦、メジャー最終の登板になったのですけど、ジーターのヤンキースタジアム最終戦で、自分もどうなるかわからない中での登板で印象に残った。

いろいろな経験をたくさんすることができましたけど、何って言われると(成長した部分は)難しい。

技術的には何とかアジャストしながら自分なりにできた。アジャストする力はついた。メンタル的にはメジャーを代表するチームでローテで投げ続けたことである程度やれた、と思う。

(ほんとに悔いはない?)

どうですかね。記録に関してはプロとして大事だけど年齢を含めていろいろ考えるとカープに帰るなら今年しかない、ということだったと思います。

(なぜ今年しか?)

それは難しいのですが年齢的にもそう、メジャーで何とかローテを守ってきた中でそこを大事にしたいなとあったので40歳になってハードな、メジャーの中チームの期待に応えられるかというのがあった。

最初、メジャーに挑戦したときからもし日本に帰ったらカープに、と口にしてました。その気持ちがブレないためにも何とかメジャーで、というモチベーションになっていた。

それぐらいのチームですし、また僕と一緒に出て行った新井もカープに帰ってくると、球団の度量の大きさ、それも帰ってくるひとつの要因になった。

彼自身も僕と同じときにFAで出ていった。僕が出ていったことで彼の気持ちも多少なりとも揺れ動いた。僕も多少なりとも責任を感じている。そういう意味でもよかった。

ヤンキースに移籍して毎年、1年ずつ契約してもらい、年齢を考えても先は長くない。いつ最後の1投になってもおかしくない。そう思って投げた場合、日本でカープで最後の1球となった場合、後悔が少ないんではないか、と自分で決断した。

今まで毎年1年契約で悩んで次の進路を決めて、今回ほど悩んだことはなかった。自分でもどうしていいかわからなくなっていた部分もあった。僕自身最後の決断と思って決断した。

もう40歳でみなさんが期待するピッチングができる自信ぜんぜんないですし最後はもがき苦しみながらカープのユニホームで投げたい。

(からだは)歳相応より少し若いぐらい。体力作りと肩作りは例年どおりやってきた。

(あすからチーム合流は)不安しかないです。

若い選手が主力となって戦っているチームと思いますし、僕がどういう役割、立ち位置で貢献できるか検討もつかない。チームに入ってそれがわかっていけばいい。

(前田健太)彼ともそれほど話したことない。僕なりに何か手助けできれば。彼に限らず若い選手にそうしたい。

8年間ですからね。日本の野球から離れてぜんぜんデータのないバッターもたくさんいる。研究してやっていかないといけない。

(マツダスタジアムのマウンドは)ぜんぜんイメージわかないです。

ピッチングは…一番は今回、こういう決断をしてファンの人が多少なりとも喜びカープファンでよかったと思ってもらえたら自分としては嬉しい。

(200勝には)正直こだわりない。もしかすると199勝で引退するかもしれない。

そんなに僕の野球人生は長くない。

毎試合、その1球が最後だと思って、メジャーの時とかわらずその気持ちでマウンドにあがっていきたい。

8年ぶりに広島に帰ってきて、どこまでできるかわからいですけど、マウンドにあがる気持ち、勝ちたい気持ちは何歳になってもかわらない、それをたくさんのファンの人に見てもらいたい。

(プロのステータスのひとつは金銭面だが)

そうですね、うーん、なかなか難しい質問ですし、でもアメリカでたくさんの経験をしたなかで、応援してもらうことが当たり前でないと分かったし、野球界の広さを感じた中で広島という小さい街で僕のことを待っていてくれる…

金銭面もあるがマウンドに上がる気持ち、それも数少ないマウンドを考えた場合、メジャーで投げたときと違った何かが出せるのではと感じました。

野球人生終わった時よかったと思えれば一番いい。じっさい勝負ごとでどうなるかわからいが、帰ってよかったと思えるようになればいい。

(チームの優勝は)けっこうプレッシャーなんですけど今までもプレッシャーはねのけるためにいろんなことにチャレンジしてやってきた。特にニューヨーク。自信まではないけど今はやれると思う。

(対戦したいバッターや日本野球について)バッターは僕がいたときいた人もたくさん残っておられる。僕も違ったイメージのピッチャーになっるので対戦できればいい。あとは若い、いい打者もたくさんいるのでメジャーでやってきたピッチングで対戦したい。

マウンドに関しては実際、上がらないと分からない。球場によって傾斜も堅さも違うのでアジャストしたい。ボールもアメリカで地域によって違ったし、ドームとかの違いに自分で早く把握しないといけない。

(チームの中で受けてもらいたいのは)
アメリカでは数えきれないキャッチャーと組んで来たので誰と組んでも投げれないといけない。(ブルペンでも)誰でもいい。倉が硬いミットで来たらまた受けさせます。

(不安の方が大きいと言われたがカープ復帰はどういう進化か)

毎年、日本、メジャーに関係なく球種や投球うフォームにチャレンジしてる。捨てるものは捨てる、継続するものは継続したい。

(カープファンについて)
いやカープファンはすごいな、と思いますね。アメリカに行って改めてカープファンのすごさを感じた。2006年の球場の雰囲気を見て自分も心を動かされた。多少でも喜んでもらえるなら還ってきてよかったと思う。

(WBCは?)

(苦笑いで)40歳でもう呼ばれることはないと思う。アメリカで学んだことを投げながら伝えられると思う。それはそれで日本球界のためになるなら嬉しい。

(ご両親の墓前には)年末に行きましたがまったく答えがでずそのままアメリカに帰りました…。両親がいればアドバイス受けることも可能で、親がいたらどういわれるかも考えたが結論は出なかった。

(家族には)毎年1年契約で、今回日本に帰るのも1年契約で想定内だったんじゃないですかね。

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